「学ぶ力の基本『読み書き算盤』を見直し、真の教育改革を進めよ」
『週刊ダイヤモンド』 2001年2月10日号
オピニオン縦横無尽 第383回
人口7000人の小さな町、兵庫県の山あいの朝来町に山口小学校がある。児童数約300人の普通の公立小学校だ。私は、ここでの教育の取組みがきっと日本の教育の蘇りの手がかりになると考えている。
陰山英男先生らが山口小学校で実践していることは、一言でいえば「読み書き算盤」の徹底である。それは「基礎学力」の徹底であり、文部省のゆとり教育の対極にある。
読む力はまず音読によって育まれる。声を出し、自分の耳でそれを聞く。脳が言葉や文章を理解する。体全体を使って文章を読み、聞き、理解するプロセスで自然に文章が記憶されていく。
駆け出しの記者のころ、私は先輩の名文を音読した。すばらしい文章にはリズムがあり、頭で記憶するより先に体がリズムに反応し、自然に言葉が脳のなかに入り込んでいくようだった。
その音読を、陰山先生らは小学生に実行させている。育ち盛りの柔らかな頭脳は、大地が水を吸い込むように名文を吸収し文章読解力を養っていることだろう。陰山先生の教え子たちはこの方法で枕草子や伊勢物語、平家物語や方丈記なども暗唱するそうだ。
次に、書く力の養成には、陰山先生らは単純反復練習を基本にし、漢字は表意文字であるため、漢字の意味を教えているそうだ。「木」は大地の下に根を張った形から生まれた字で、その木が古くなれば「枯」れるのだというふうに教えれば、たしかに子どもたちは一度で覚えていくことだろう。
次に算盤、計算力の養成である。これには「百ます計算」を使う。縦軸と横軸に10の数字を並べ、おのおのの数字の足し算を「10×10」の100の升目に埋めていく方法だ。これで足し算引き算を徹底してやらせる。ストップウォッチを使ってタイムを測り、スピードを上げさせていく。九九の計算も同様だ。当初はスパルタ式だと批判されたが、反復とスピードアップで子どもたちの力は、確実に上がったという。
いまIT産業の最先端をいくアメリカで、最も優秀な人材として、高給で歓迎されるのは、イスラエルとインドの学生たちである。イスラエルの多数はユダヤ民族だ。彼らは子どもにユダヤ教の教典を暗唱させることで知られる。インドでは子どもたちに日本の九九よりもすさまじい、2ケタ数字の九九を暗唱させる。2ケタ数字の掛け合わせを、延々と記憶させる。
暗記と詰め込みの代表選手のような国々の学生が、アメリカで、未来社会創造の最も有望な担い手として期待されている現実は、暗記と詰め込みが人間の能力を開花させる基礎的な力につながっていることを示している。スポーツ選手にたとえれば、反射神経を磨き、筋肉を鍛え、技の基本を身につけることなのだ。そうした訓練を反復して、体をつくって初めてすばらしい成果が得られるのだ。
学ぶための基本力が、読解力、表現力であり計算力だ。そうしたものを身につけた時、子どもたちは初めて創造力を発揮していく。知性を身につけた子どもは自信をつける。自分への自信は品性をも磨いていくと陰山先生は語っている。この読み書き算盤強化策をとり始めて10年、塾もない小さな町の子どもたちが、国立大学の医学部などに次々と合格しているそうだ。もちろん学校には荒れる子もいない。非行も皆無に等しい。学力向上だけでなく、子どもたちの描く絵は鋭い観察眼を感じさせる感性豊かな絵が増えたという。そしてなによりも、子どもたちが言うそうだ、学校は楽しい、勉強は楽しいと。成果はあまりにも明らかだ。
大きな本屋もないこの小さな町から文部省の愚かなゆとり教育を否定する教育改革が起きてくるのを、私は楽しみにしているのだ。